法律や制度についての記述は、執筆時点(2026年)の一般的な説明です。個別の雇用契約や事業の判断は、社会保険労務士・弁護士などの専門家に確認してください。
資格という独占
士業や医療の資格は、その資格を持つ人しかできない業務を法律で定めた「業務独占」です。私は、AIが普及した今、この独占の範囲と、資格を取るための難易度は見直されるべきだと考えています。
法務でいえば、条文や判例を覚え、調べ、契約書を読み込んで問題点を探す作業は、AIによってかなり速くなりました。医療でいえば、一つの医師免許に、問診、診断、処方、手術、画像の読影、書類作成まで、あらゆる権限が詰め込まれています。業務を細かく分ければ、それぞれの担い手の要件はもっと下げられるはずです。
法務:弁護士法72条の線
日本では、弁護士または弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で法律事件について法律事務を扱うことを、弁護士法72条が禁じています。いわゆる「非弁行為」です。
AIによる契約書のチェックについては、法務省が2023年に、この72条との関係の考え方を示しました。サービスの内容によっては72条に触れうる一方で、一般的な契約書のチェック支援などは直ちに違反とはならない場合がある、という整理です。AIが法務の下調べを担うこと自体は、少しずつ認められる方向にあります。
退職代行の例
退職代行も、弁護士でない業者ができるのは、本人の「辞めます」という意思を会社に伝えることまでです。未払いの残業代や有給休暇の消化について会社と交渉すれば、非弁行為に当たるおそれがあります。労働組合が運営する退職代行は、団体交渉として交渉ができる、という違いがあります。
実務の大半は定型の通知や書類なのに、そこに少しでも交渉が混じると資格が必要になる。業務の中身ではなく、境界線の引き方が、コストを決めている典型例だと思います。
医療:タスク・シフトはすでに始まっている
医療については、実は資格の切り分けは少しずつ進んでいます。
- 特定行為研修(2015年〜):研修を修了した看護師が、医師があらかじめ作った手順書に沿って、一部の医療行為を行えるようになりました。
- 業務範囲の拡大(2021年の法改正):診療放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士、救急救命士が行える業務が広がりました。
- 医師の働き方改革(2024年4月〜):医師の時間外労働に上限が設けられ、医師の仕事を他の職種に移す「タスク・シフト/シェア」が、病院にとって避けられない課題になりました。
海外には、一定の範囲で診断や処方ができる上級看護師(ナース・プラクティショナー)や、医師の監督のもとで診療を行う医師助手(フィジシャン・アシスタント)といった職種があります。日本でも議論はありますが、国家資格としてはまだ制度化されていません。
| 業務 | 担い手のイメージ |
|---|---|
| 問診・初期の振り分け | AIによる支援と、訓練を受けた事務・補助職 |
| 画像の一次チェック | AIによる支援と、診療放射線技師 |
| 定型的な処方の継続・服薬管理 | 手順書に基づく薬剤師・看護師 |
| 採血・点滴・一部の処置 | 特定行為研修を修了した看護師 |
| 難しい判断・手術・最終責任 | 医師 |
資格者を「ハンコ係」にするのではなく
ここで、やってはいけない方向についても書いておきます。資格はそのままにして、実務はすべて無資格の人とAIにやらせ、資格者は最後に確認のボタンを押すだけにする、という発想です。
これは、多くの士業法や医療関係の法律が禁じる「名義貸し」に近づきます。資格者には業務への実質的な関与が求められ、AIが間違えたときの責任も、最後は資格者と事業者が負います。1件数秒の確認で済ませる運用は、事故が起きたときに一番弱い形です。
だから私が求めたいのは、資格の形骸化ではなく、資格そのものの細分化です。
- 業務をタスク単位に分け、タスクごとに必要な資格と研修を定める。
- AIを使うことを前提に、試験で問う範囲を「暗記」から「判断と確認の仕方」に移す。
- 細かい資格は取りやすくし、その代わり更新制にして、実務の質を保つ。
こうすれば、責任の所在を曖昧にしないまま、担い手を増やし、コストを下げられる。制度が変わるのを待つだけでなく、今ある特定行為研修やタスク・シフトの枠を目一杯使うことが、現場の仕組み化の第一歩になります。